第48回講演会

  • 開催: 2010年7月24日 16:00~18:00
  • 講師: 山本 利昭 


 講師は、JICAの一環としてインドネシアのスラバヤ工科大学にてITの指導に当たり、それが機縁で同大卒業の優秀なIT技術者10名を日本に呼んでソフトウエアの開発を行う経験を有する。現在はスラバヤにオフィスを構えてオフショアビジネスを手がける。このような経験と、戦前戦後の日本語、特に漢字教育に関する著名な識者の意見や、戦後の漢字政策を勉強した上での、迫力ある講演であった。

 当用漢字1850文字は、戦後間もない1946年にGHQが軍国的漢語教育を解体することを目的に、その元になってきた漢字を廃止することを前提に、当面使用を許可した漢字であった。その後、GHQの目論見とは反対に、むしろ許容する漢字の数は増え続けている。

 歴史的に見ると、教養人の誉れ高い、加茂真淵、前島密、西周、志賀直哉、読売新聞社、梅澤忠夫は、いずれも漢字廃止論者であったことは意外であった。彼らは、西洋文明に酔っていたという意見も。

 漢字数を制限して習得の負担を軽減するという講師の主張は、一見合理的に聞こえるが、外国人の利便性を考えた議論と、日本人のための教育を考えた議論、に明確に分けて考える必要があるのではなかろうか。

 外国人向けの議論
 漢字習得の負担を軽減すべきという講師の主張は妥当のように思えるが、そもそも外国人に日本語、漢字習得を強要すること自体に、不親切、無理が感じられる。外国人には負担をかけないよう、役場、医療などの公的サービスは英語でやるべきであって、そのために漢字制限が議論されるとしたら、本末転倒である。
 日本人は、海外に進出するためにはもっと英語を勉強しなければならないことは、皆分かっている。ところが、英語を教えることができる人材がいない。

 日本人向けの議論
漢字数を制限して習得の負担を軽減すべしという講師の主張と、逆に制限はあまり設けない方がよいという主張、に2分された。後者について主要なものは、

  • 漢字の数を制限すると、折角人間が持つ感情、感性を表現する力が損なわれる。日本語の美しさに魅了されたラフカディオ・ハーンが、今日の日本語に関する議論を聞いたら何と感じるであろうか。韓国ではハングル文字が普及しているが、その原型になる漢字のようなものがかっては存在していた。国が安定し、成長を続けるようになってきた現在、元の文字を復活すべきという議論が起きていることからも、その国固有の文化、特に文字は大切に保存しなければならない。
  • 英独仏語を表すアルファベットは実に良くできている。con-,-tionなと接頭語、接尾語に代表されるように、2,3文字が組み合ることにより、ある意味を表す「表意文字」的な機能を果たしている。漢字を廃止して、仮名、アルファベットといった表音文字だけで日本語を表現しようとすると意味が通じなくなる。漢字を制限するのではなく、難しい漢字には「ルビ」(仮名)をふるべき。会員の中には、子供時代「ルビ」を頼りに漢字を覚えた者も現実にいる。「ルビ」は日本が生んだ素晴らしい智恵である。
  • 漢字を制限して、負担を軽減すれば、他の教科の実力が上がるものではない。国語ができる生徒は、数学も英語もできる。
  • ゆとり教育をすれば、創造性が豊かになるという考えは、結果として基礎学力の低下を招き、創造する力をも低下させた。人間の脳は、もっともっと許容度があるので、若いうちに漢字に限らず、もっと沢山のことを教え、鍛えなければならない。


 本日のテーマは、今後も議論を重ねる価値がある重要なテーマである。NPOマイスターネットの会員有志で更に議論を深め、いずれ、電子書籍にまとめ上げることができないであろうか。



 

    講演会レジメ

漢字廃止論に議論百出 今日は盛況でした そしてみんなで乾杯