第23回講演会


開催: 2008年1月26日 15:00~18:00
講師: 永田 典子




今回のテーマは、ロマンーポランスキー監督の映画「マクベス」(DVD)を上映しながら「マクベス」の夫婦像に迫るというもので。
新春のマイスターネットを飾るにふさわしい重厚な発表であった。
シェイクスピアは、裕福な市長の息子として生まれるが、その後没落して地獄を味わう、という幅広い人生経験を経ただけあり、深く心に迫るものがあった。

先ずは、「女の業」について。
冒頭、魔女はマクベスに、将来国王になる、そして女から生まれた者には殺されない、という謎めいた予言をする。この話を聞いたマクベス夫人は、国王がマクベスの領地を訪れてその館に宿泊すると、野心に燃えるマクベスをそそのかして国王暗殺を企てる。マクベスは恩ある国王を暗殺することは、忠誠心の強い騎士としてはできないことと躊躇。けれども、夫人の執拗な勧めにより、遂に自らの手で国王を殺害してしまう。そして、魔女の予言通りに国王になるが、やがてマクベス夫人は罪の意識からか幻影に悩まされ、正気を失うようになる。
男は単純で女は強いと見て取れる。

しかし講師の指摘された「夫婦」という点から見ると、夫の野心実現のために妻は夫をそそのかしてしまう。そして夫が国王になり権力欲に溺れて妻から離れていくと、妻はそそのかした罪にさいなまされて自殺する。そして夫は妻の死にたじろぐことなく闘って死んでいく。単純な夫と弱い妻がイメージされる。
男と女、妻と夫。いろいろに見て取れる夫婦像の議論の奥深さ。
戯曲マクベスを、「夫婦像」として捉えた講師の見識の高さに脱帽する。

次は、魔女の予言、「マクベスは女から生まれた者には殺されない」について。
女から生まれない者はいないから、この意味はマクベスは誰からも決して殺されることはない、と思われがちである。だが抜け道があった。自分は帝王切開で生まれたから女から生まれた者ではないと宣言する勇者によってマクベスは殺されることにより決着を見る。セックスを暗示させる表現で、映画を見ると暴力ときわどい表現が随所に出てくる。洋の東西を問わず、この種の話は人々に受けてきたようである。

しかし、講師が用意したレジメを見ると、韻を踏んだリズミカルなせりふが数多く紹介されている。日本語訳を見ているだけでもその雰囲気が感じ取られる。
映画にはない戯曲のおもしろさであり、それが時代を超えてシェイクスピアが楽しまれる由縁であろうか。

 


講演会レジメ

    レジメ

ビデオを見ながら名セリフの解説をする講師 ビデオを見、レジメを見て、余韻を楽しむ参加者たち 参加者全員でパチリ