マイスターネット

「眠れる知財」を掘り起こすNPO法人

 梶川與惣兵衛の名は、50歳年代の以降の方によく知られているあの忠臣蔵で有名な幕府方の主役の一人である。

梶川の家は、寛政重修諸家譜第八(寛政年代に編纂された、大名 旗本 御家人大多数の創家以来の記録である。)によると、先祖は織田信長2代前に仕えた尾張国楽田城(愛知県犬山市)城代で、その後子孫が信長、信雄、家康に仕え、家康から7百石を与えられた。

 與惣兵衛は、寛文3年(1663年)御書院番に登用され、色々な職種を経て、元禄13年(1700年)御留守居番の時に、あの事件に遭遇した。

 元禄14年3月14日、播磨国赤穂藩主浅野長矩が、江戸城殿中松の廊下で高家吉良義央に切り付けた時、浅野の制止し額の傷を負うた吉良を逃がした人物である。よく映画や劇で、梶川與惣兵衛が「浅野殿殿中でござる、殿中で」浅野が「止めてくださるな梶川殿、武士の情け」の台詞を。その後幕府よりその行いを賞し、梶川は5百石を加増され、千二百石の上級旗本に昇進した。

 千二百石取りの旗本は、5000家弱ある旗本の20%に過ぎない。

 年収が一挙に70%アップになり、徳川政権が継続する限り保証されるのである。

 元禄時代から約150年後、安政2年梶川の何代か子孫の半左衛門が御小姓組に御番入り(無役ないし跡取りが就職すること)している。

 屋敷は、牛込御門内御留守居町、敷地700坪余となっている。

 東都番町大絵図元治元年(1864年)を見てみると、現在の千代田区富士見2丁目あたりだと思われる。JR飯田橋駅から500メータ程の1等地である。しかし、この土地はあくまで幕府の土地で、貸し与えられているものであり、今で言う所有権は存在しなかった。この問題は、非常に複雑怪奇であり後日とする。

 安政期の半左衛門の跡取、主税は元治元年、父と同じ御小姓組入、慶応2年(1866年)病気のため、養子岩次郎が家督を継ぎ、小普請入りその後、明治維新後金谷原開墾御用として静岡県金谷市に移住している。

 梶川の家は、約260年に渡り、徳川政権下で、高級官僚としてつつがなく、家系を守っているのである。

  

  

  

News Letter

文教大学講演会

NPOマイスターネットでは、大学とのコラボを目指していますが、過日、文教大学からリーダーシップに関する講演依頼がありましたので、下記の通り、同大学の情報学部の大学生を相手に講演しました。

 

テーマ:ソーシャル・マーケティング、大学から社会へ
~問われるリーダーシップとは~

日時:平成24年12月10日(月)13:20-14:50

場所:文教大学湘南校舎(茅ヶ崎)

レジメ:こちらです

 

講演後、何人かの学生から活発な質問があり、学生の関心の高さを実感しました。

今後も、このような大学とのコラボの機会を設けていきたいと思います。

講演会「リーダーシップ入門」

本NPO理事長の橋本氏が精力的に講演会を行っている。

去る11月18日にイーテクノ株式会社で企業向けリーダーシップ講演会を行い、コミュニケーションの重要性とリーダーシップのあり方について説いた。

講演内容はこちらです。

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講演会 「創造的な生き方の発見」

本NPO理事長の橋本氏が、7月29日に京橋会館で開かれた講演会で、「創造的な生き方の発見」という講演を行った。

「人間は本来80歳~90歳まで創造的な仕事をできるが、日本では制度がそれを阻んでいる。皆、それぞれテーマを見つけて頑張ろう」という主旨の講演でした。

講演内容はこちらです。news_4_1

マイスターネット5周年記念集を発行

マイスターネット設立から昨年末で5年を経過したのを記念して、その間の活動をまとめた「マイスターネット5年間の歩み」というパンフレットが5月に作成された。

 講演やワークショップなど60回を越す活動が題目と簡単な内容で紹介され、何枚かの写真で、雰囲気もうかがうことができる。

  

インドネシアから  頑張れえええええ 日本!

アイコア社の日本語指導をした時のフェルディカさんから東日本大震災の復興激励のメールが、3月末に届きました。

私はインドネシア語の勉強をお休みしていますが、「楽しいインドネシア語」の講座の皆さんに資料としてお渡しました。そしたら石橋さんが訳をしてくれたので、一緒にご紹介します。

インドネシア人の優しさ、彼の真摯な気持ちが伝わってきますね。                         (赤井記) 

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