マイスターネット

「眠れる知財」を掘り起こすNPO法人

 

哲学と数学の、どちらが好きかと言われたら、あなたは何と答えるだろう?

そんな頭の痛くなるようなことは、両方とも付き合いたくない、何故、その二つだけを取り出して私に尋ねるのか、と言われるかもしれない。

 

いずれにせよ勉強の話だが、では、法律、経済、教育、文学、哲学の中から一つと、物理、化学、生物、地学、数学の中から一つ選んで、選んだ二つのうち、本当に好きなのはどちらかと尋ねられたら、あなたは何と応えるだろう。

ある青年は、弁護士になりたいから文科から法律を選び、理科はどれでも良いけれど、まあ生物にしておこうか。第二の青年は、医者になりたいので、文科では、このごろ世の中は責任問題などが煩いから、一応、法律を選んで、理科では、断然、生物を選ぶ。第三の人は、教師にでもなりたいから、文科では、当然、教育を選ぶ。理科では、物理かな、あるいは、国語の先生になるのだから、理科は捨てて、文科の中から、もう一つ、文学を採ろう……などといった返事が帰ってくるかもしれない。いずれにしても、単独で、哲学と数学のどちらかでも選ぶような人は、我が日本には居そうにない。

 

もう一度、今の回答者の志望と選択学科とを纏めてみよう。

弁護士志望者は法律を学べば良い。理科はどれでもよい。

医者の志望者は生物を学べば良い。文科では用心のために法律を学ぼう。

教師志望者は教育を学べば良い。他には、自分の教職の専門学科を一つ。

概ね、こんなことになる。だが、一人の青年が人間として、人生に立ち向かう姿勢として、本当にそれだけで良いのだろうか。目先の、小手先の芸で満足してしまっていて、何か抜け落ちているようだが、何が足りないのだろうか?

色々なことが言えると思うが、その一つに、あなたがそうした技能を生かして生活してゆく、その自分の周囲の世界については、何時、何処で、どんなことを知ったか。人間について、人間社会について、国について、民族について、友人について、家族について、そして、あなた自身について、そしてまた、社会と自分個人の過去と将来について、どの位のことを知っていて、それは何処で学んだか…。あるいは、知らないとすれば何処で学ぶべきであったか?

人間社会だけではない。人間が生きている地球、宇宙とか自然とか、自分を取り巻く物質世界と、それらが動き、変化している一種の法則と、その背後にある理由、原理、理論、それについて、どの位のことを知っていて、それは何処で学んだか…。あるいは、知らないとすれば何処で学ぶべきであったか?

高等学校までの間に大体のことは聞いているが、適当に選択して、優秀な成績ではなかったが、大体単位は獲った。それで良いのではないか。自分は満足している。また、モラルとかいう、しつけとか儀礼、習慣に関しては、親から教わるものだが、親が知らないこともあり、また、周囲もモラルの欠けた人が多いので、自分が損をしない程度にやっている。最近、世の中に、ずるい人間が増えているのは嘆かわしい。そして、思うのだが、それらは大体において親が悪いからだと思う、という声をよく聴く。それを教えなかった親が悪い、という。では、気付いていても、教わらなかったから自分には責任がないと言って、自分はそのことを考えなくてよいのか。その親も同じことを言うとしたら、そして、そのまた親も同じことを言っているとすれば、そして、それが間違ったことだったとすれば、一体、何処で誰が間違ったのだろうか?

その、悪い、悪いの循環の輪を、自分の時点で断ち切って正常化する気持ちになる人はいないのだろうか。政治家や公務員まで悪に染まり、ずるくて、逃げ口上だから、そんな社会を相手に、自分だけ、そんな手間の掛かることをするのは損だといった思考循環で、日本も世界も破滅に向かっているのだろうか?

そして、このごろ、やはり教育が間違っているという声を聴くようになった。そうだ、賛成、という声も聴く。しかし、何を何処をどのように正すのかという声は主張として余り聴かない。ただ、ともかく昔のように厳しくしなければ駄目だという声があちこちで聴こえる。しかし、それだけでは私は不安である。

そこで、少し手前味噌だが、フランスの場合と較べてみた。あの国は、最近、ハンガリーからの移民の、五十二歳の男が、今後、五年間大統領として国を運営することになった。対抗馬は、五十三歳の、四人の子どもの母親で、正式には結婚していない男性と生活していたが、大統領選挙に出るために最近「結婚」した女性だった。彼女の父は軍人で、西アフリカのセネガルに派遣されていた陸軍大佐で、代々、女性の地位を全く認めない頑迷な男性中心主義者の家系だった。それに反発した彼女は、父と一族を見返すつもりで、猛烈に勉強して、国立行政学院という、日本でいえば東大や京大や慶応、早稲田を束ねても勝てないくらいの、猛勉で自分を鍛えたエリートが行く学校を出て、厚生・保健大臣になっていた。大統領になったハンガリー人も、その国立行政学院の彼女の、年下の同窓生で、ここ数年は、内務大臣だった。

日本では如何だろうか?

大学入試で二回浪人して、大学も一年留年して、やっと、卒業できた人が総理大臣になった。親や先祖が大臣、閣僚だったとか、血筋とかを吹聴する、俗にいう二世、三世議員とか、一種の利権政治家とか、週刊誌やテレビ・ラジオ娯楽番組の人気投票の上位入選者、職域団体や組合の圧力で閣僚に這い上がってきた人物たちの多いわが国の政界と比較すると、私自身は非常に羨ましい気持ちである。

日本は日本だ、基本的には、人が何処でどうに勉強しようと、あるいは、していなくても、偉い人は偉いのだ、と言われてしまえばそれまでだが。

日本では、フランスは、経済統計上、大した国力もなく、アメリカとの付き合いも下手で、それも我を張りすぎるからだが、国際的にも落ち目に見えると日本人は見ているらしい。外人労働者は暴れるし、ストは多いし、国も治まっていないのではないかと見る人も日本には多い。しかし、二十年後、百年後の国際社会で、どちらの国がどのような国際的位置にいるかを推測できる人はいるだろうか。私はフランスは粘り強いと思っている。そして、その理由は、その国では教育が、実に確りしていて、大切にしているからだと思っている。

フランスには大学入試はない。バカロレアという高等学校卒業資格試験があるだけである。試験は論文と討論で行われる。そして、それに落ちると留年や浪人は認められない。一発勝負である。試験は暗記していれば解けるような問題は一問もない。「傾向と対策」といった本もないし、あっても役に立たないから売れない。合格のコツというものは無い。あるとすれば、日頃から、ただひたすら勉強することだけである。試験では、その年だけの題が出て、それについて、ただひたすら自分が集めた知識を、自分で整理して、自分の言葉で、あらゆる批判に耐えうる形で自分の文章で書くのである。模範解答は無い。それと並んで、競争相手である仲間と、試験官の前で討論を行うのである。ただ、合格には定員はない。その年、受験者の水準が低ければ、合格者が一人もいない場合もありうる。反対に、全員が合格することも理論上はありうる。合格者は、個人の希望を、別の試験で割り振ることもあるが、一般には、国家が責任を持って大学に割り振ってくれる。また、大学による優劣もない。日本で、フランス留学に関して言われている、特に自分たちだけの格式を振り回している、東大信仰、慶応崇拝の人たちが、パリのソルボンヌ大学でなければ一流ではないという、あの国では誰も言っていないことを信じる必要はない。第一、現在、通称、「ソルボンヌ大学」という大学はあるが、教育行政上は存在していない。アカデミックでロマンチックにさえ聴こえる「ソルボンヌ」とは、単に、その学校の創立者の名前であるに過ぎない。それはパリ大学のことである。

それから、フランスの高校生の区分けは文科、理科ではない。哲学専攻か数学専攻かである。哲学は人間に関して、頭で考えること総てを対象とする学問であり、数学は人間の精神活動の外側にある、天然自然にある総てのものの性質や構造や組織や動き方や、そうしたものの背後にある運動、変化の法則の理解に必要な学問である。この二つの学問の上に、人間が学ぶべき学課、科目が、個別分野として乗っているというのが彼らの考え方である。

私は、フランスが好きである。しかし、ワインや料理や香水や映画や服飾品や文学や風景や芸術などが好きだとか、ともかく、フランス語を喋り、フランスを好きだと言うとカッコいいから好きなのではない。あえて言えば、彼らの考え方が好きだからだが、もっと細かく言うと、歴史の流れの中で彼らがそのような行動をとるに至った経緯そのものに人間として興味を持つからである。

その理由は、ここでは長くなるので稿を改めてご報告するが、一言だけ予告的に述べてみると、日本人は単一民族である、その歴史的な経緯に誇りとか、自信とか、存在の根拠を求めがちであるのに対して、フランス人は自分たちの国が複合多民族国家であることを自覚している点である。日本民族とか大和民族という言葉はあるが、フランス民族という言葉は無いのである。その点は、アメリカ民族という言葉が無いことや、中国に漢民族という呼称はあるが、それが、単一性を強調する言葉ではないのと似ている。     終(070523)

大和は国のまほろば             長谷川  晃

 

「大和は国のまぼろば……」。そこは、とても良いところだと、古事記は中巻で述べている。奈良平野の東側に続く穏やかな丘の麓一帯は「山野辺」とも呼ばれ、素朴な風情が、永遠の郷愁を誘うところと言っても良いだろう。当時の人が、そこを、「山のところ」などと言っているうちに「やまと」という名称が生まれ、それに「倭」の文字を当てていた。そして、同じように「わ」と読む「和」もその地方の呼称に用いられていた。

ところが、元明天皇のころ、地方行政の一環として、全国の地名を漢字の二文字で表記することとなった。伊勢、駿河、摂津、近江……などである。そのため、この「山野辺」地方も「ヤマト」と呼ぶことにして「和」の文字を用いたかったのだが、二文字にしなければならないので「和」の前に、威勢良く「大」を付けて、それで「やまと」と呼んでもらうことにした。したがって「大」、「和」と書いて「大和」を「やまと」と読む場合の、「大」の文字は、単なる符丁であり、飾りである。それを「ヤ」とか「ヤマ」などと読むことは出来ないし、現に読んでいない。面白い現象であり、日本語の融通無碍な特徴の一端として、それを、微笑ましくも私は思う。「オオヤマト」では音節が長すぎたのか。

ところが、この「大和」という文字と言葉は、歴史の中では大活躍してきた。政治を行った「大和朝廷」、「出雲政権」に対する「大和政権」、日本人の不屈の闘争精神、勇気を表す「大和魂」、桜の花が散るのを見て本居宣長が詠んだ「やまとごころ(大和心)」、歴史上最大とも見られた戦艦「大和」があった。沖縄では、本土の日本人を「やまとんちゅう」と呼び、それは「大和の連中、人たち」を意味していた。「やまとなでしこ」や「やまと乙女」は、また、「可憐」そして、特に「純粋」、「清潔」を表していた、そのほか、民間では、銀行、証券会社、企業、商品名などにこの「大和」は現在も広く用いられている。

この国、総面積、ほぼ三十七万平方キロの、さほど広くない、四つの島を主体とした列島に住む人たちは、自らを励まし、賛美して言っている……。我々は、先祖のころから「大和民族」なのだ、と。「大和民族」という言葉は、日本人を安心させ、結束させる、郷愁と団結の符丁でもあったと言えるだろう。また、この「大和民族」には「純粋」という意味、「清潔」という意味、そして、「混入物のない単一性」という意味までありそうである。

ところで、その「純粋」、「単一性」は、歴史の流れの中で本当に正しいのだろうか。また、人間集団の存在形式として本当に必要なことなのだろうか。

我々が歴史で学ぶところでは、日本列島という島の連なりは、耕地とする平坦地は少ないが、温暖な気候に恵まれ、林野、海浜で狩猟、採取、漁撈できる鳥獣、海産物に恵まれていた。台風、地震は頻繁にではないが、やはり頻度高く発生した。しかし、人間生活にとっては、相対的には快適な場所であった。

最初のころは、多分、北方を源とする「アイヌ」と呼ばれる人間の集団が千島列島から沖縄諸島にかけての、三千キロ余りの列島に展開していたと見られる。そこへ、酷暑の南国を避けて、太平洋の北半球を大きく時計回りに流れる潮流、黒潮に乗って、長期間、散発的にこの列島へ漂着した人間があったらしい。北ではシベリア大陸の東の端方面からウラル・アルタイ系のツングース族が渡来した。本州西部、中部方面へは朝鮮半島や中国本土から、稲作と金属加工技術などの高度生活技術を持った民族が、島伝いとか、漂流の結果としてこの列島にやって来て住んだ。その移動が、本拠地での戦乱によるものか食糧危機、人口爆発によるものかなど、移住の動機、原因は今のところ不明である。しかし、特に中国大陸からの渡来者には、従来の狩猟、漁撈の生産様式に加えて、新しい生活技術としての稲作を主体とした、植物栽培による農耕技術を持つ者が多かった。また、火を使って粘土を焼き、住居を補強する瓦や、食料の保存に適した容器を焼き、その火で金属を溶かして加工する技術を持つ者もいた。同時に、文字の利用、算術、天文、医術、服飾、土木、航海、暦法の知恵とか、集団統治の政治技術や集団生活の効率的な舞台としての都市建設技術も持った、いわば、原初的な意味での「科学技術」を持った人間集団がいた。そうした集団が、日本列島の中央部を占拠し、従来の生活集団と見られるアイヌたちは南北に分断され、辺地へ退散させられた。また、アイヌは、彼ら自身は結束というよりは、恐らく狩猟範囲の領域争いに原因があると思われる内部抗争に終始することで、民族の内部崩壊が進んでいたとも見られる。その上、北方のアイヌは、南方、大陸からの異民族との接触の際、天然痘に対する抵抗力がなくて大多数が感染して死亡したとも見られている。

わが国の歴史時代の初期、飛鳥地方を舞台として、大陸、朝鮮半島からの生活技術や思想の咀嚼の巧拙を背景としたとも見える、六四五年の「大化の改新」という権力抗争があり、「白村江」での六六三年の唐と百済の国際紛争への出兵、その敗北の責任を巡る権力抗争などがその時代の歴史を形成している。

また、民衆統治の政治思想面では、その時点でも数世紀前にインドで成立し、中国へも伝播していた精神思想である仏教が、政治理念として導入された。

「大和民族」は、生産や加工の科学技術全般、精神に関わる、人間存在の基本的な意味や理想の考察とか、集団で生きてゆくための社会の構成やその運営の技術としての人文、社会科学全般の、種々の分野の科学を、自ら生み出す前に、既成の物財の模倣、学習によって、主として大陸から摂取、吸収してきた。また、明治になっても、今度は西欧が思想や法制に至るまで模倣の対象だった。

「大和民族」は、自らの民族の経験の所産を、技術としても思想としても、独自に処理、分析、発酵させる経過を、僅かしか持っていない。中国の国力が比較的衰退していた、室町時代から江戸時代にかけては日本も、ある程度内部発酵的な成熟を見せていて、一方的に新知識到来を待っていただけではなかったが、歴史の経過全体としては、赴けば海外で新知識が入手できる位置に彼らの生活の舞台があった。そうした民族環境は、是非善悪の問題ではなかった。それはある意味では非常に幸運なことではあったが、民族、人間集団としての「自主性」という精神的な矜持、誇りの問題としては釈然としない面もあった。そのような歴史的経過の事実は、日本人の国際的な生活態度に、今も非常に濃い影を落としていると私は思う。

かなり短絡的な物の言い方になるが、現代の日本人の、外国崇拝、権威崇拝の心の源がそのあたりにあるように私には思えるのである。立派なものは身近ではなく外国、または日常的ではない、都とか、遠いところにあると考えるのが普通になっていないか。自分の判断ではなく、誰かが決めてしまった評価への無批判な追従、崇拝が、人間としての恥かしい姿勢、行為ではなくなってしまっているという現実をどのように見れば良いのだろうか。「世界」という言葉や、称号に、これほど脆い民族はいないのではないかと悲しくなる。

アメリカの商業的な野球チームの勝敗や、自分でそこへ稼ぎに行っただけの選手が活躍したことが、何故、それほどまでに素晴らしいと見えるのだろう。世界各地のサッカーチームでの日本人選手の、当たり前の動静が、何故、あのように克明に報道され、英雄礼賛の如く興奮と共に賞賛されるのか。

オリンピック大会がある、万国博覧会がある、国際試合がある、芸能の国際コンクールがある、参加した、入賞した、それは参加、入賞した個人の栄誉であっても、だから日本人全部がそのように優秀であるということを意味していない。また、歴史的な建造物や風景や都市を「世界」遺産に登録するのだと大騒ぎである。しかし、それは本当に正常なことだろうか。

例えば、鎌倉は何故「世界遺産」でなければならないのか。当時の、古代的王朝社会で、地方の産物を租税として京都の中央政府が、余りにも苛酷、横暴に収奪するので、その不満を糾合して、暗に分配の公平を唱えて、地方の生きる権利を踏まえて政治的に立ち上がったのが鎌倉政権だったと私は思う。それは、日本の歴史の流れの中での出来事であって、それ自体は、他の国に褒めてもらっても、もらわなくても、どちらでも良いことである。その歴史の舞台であった場所の自治体までが住民の税金を使って、世界に向かって大騒ぎしなければならないことなのだろうかと私は思う。観光客誘致は別の問題である。

「世界的」でありたいと思う、自分の心の一番奥や底を流れる、自分のあり方の根源を見つめ直したことのある人の言葉を、私は聴きたいと思っている。

これを書き始めたのは、日本は単一民族国家であるが、フランスやアメリカは複合民族国家であるという状況把握が出発点だった。日本には出来上がった権威が、予想以上に高く評価されるという奇妙な現象がある。そのためかどうか、教育面でも、物事を根本的に考え抜くことを省略していて、端的に言えば結論を暗記していれば出世できる国だと言える。一方、フランスでは、高校時代に、物事を底の底まで、芯の芯まで考え抜かないと立派な人物とは見てもらえない。複合民族国家では価値の尺度が多くあって、物事を正しいと判断するときには、どんな批評、批判が来るかを徹底的に考えておく必要があった。そういう人間が造り上げる社会や国家は骨格が頑丈であって、尚且つ、他国との対応が、多様、柔軟である。それは大切なことである。だから日本も、単一民族国家ではあるが、そこに住む人間は、その文化環境に慢心せず、やはり、物事を徹底的に本質まで掘り下げて、考え抜くことを生活の正面に据えて行動して欲しいと思うのである。美しい「大和」のために。      

終(070528)

 

News Letter

文教大学講演会

NPOマイスターネットでは、大学とのコラボを目指していますが、過日、文教大学からリーダーシップに関する講演依頼がありましたので、下記の通り、同大学の情報学部の大学生を相手に講演しました。

 

テーマ:ソーシャル・マーケティング、大学から社会へ
~問われるリーダーシップとは~

日時:平成24年12月10日(月)13:20-14:50

場所:文教大学湘南校舎(茅ヶ崎)

レジメ:こちらです

 

講演後、何人かの学生から活発な質問があり、学生の関心の高さを実感しました。

今後も、このような大学とのコラボの機会を設けていきたいと思います。

講演会「リーダーシップ入門」

本NPO理事長の橋本氏が精力的に講演会を行っている。

去る11月18日にイーテクノ株式会社で企業向けリーダーシップ講演会を行い、コミュニケーションの重要性とリーダーシップのあり方について説いた。

講演内容はこちらです。

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講演会 「創造的な生き方の発見」

本NPO理事長の橋本氏が、7月29日に京橋会館で開かれた講演会で、「創造的な生き方の発見」という講演を行った。

「人間は本来80歳~90歳まで創造的な仕事をできるが、日本では制度がそれを阻んでいる。皆、それぞれテーマを見つけて頑張ろう」という主旨の講演でした。

講演内容はこちらです。news_4_1

マイスターネット5周年記念集を発行

マイスターネット設立から昨年末で5年を経過したのを記念して、その間の活動をまとめた「マイスターネット5年間の歩み」というパンフレットが5月に作成された。

 講演やワークショップなど60回を越す活動が題目と簡単な内容で紹介され、何枚かの写真で、雰囲気もうかがうことができる。

  

インドネシアから  頑張れえええええ 日本!

アイコア社の日本語指導をした時のフェルディカさんから東日本大震災の復興激励のメールが、3月末に届きました。

私はインドネシア語の勉強をお休みしていますが、「楽しいインドネシア語」の講座の皆さんに資料としてお渡しました。そしたら石橋さんが訳をしてくれたので、一緒にご紹介します。

インドネシア人の優しさ、彼の真摯な気持ちが伝わってきますね。                         (赤井記) 

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