スペインの首都マドリッドの南七十キロに、トレドという古い城郭都市があり、断崖に臨む丘の上の、中世さながらの街の中心部に、トレド大聖堂がある。その礼拝堂には、嘗て、マニラの大司教が献上した、南海の、美しい、見事な紅サンゴの十字架があって、今も訪れる者を驚かせる。

しかし、祭壇の脇の聖具室には、ギリシャ生まれの画家、本名ドメニコス・テオトコプーロス、呼びにくいのでスペイン人が、それを、ギリシャ人を意味する「エル・グレコ」と呼ぶ、スペイン・ルネッサンス時代の代表的大画家の、不朽の名作が一面に飾られていて、人々の目を奪う。

グレコの描く人間の顔は、いずれも面長で、額が広く、鼻筋が通り、つぶらな瞳の両眼が心持ち垂れている。そして、キリストをはじめ、聖者たちの顔は、いずれも、やや黒ずんで、青白くさえあり、憂愁を帯びた、穏やかだが、深い思索を偲ばせる、哲学的な表情をしていて、見る者の心を促えて離さない。

その絵にモデルはいたのだろうかと、グレコとその絵に詳しい専門の案内人に尋ねたことがある。

「誰だと思うか」と、彼は逆にこちらへ質問した。

権勢を誇る歴代の王の一人か、美男と騒がれた皇太子ででもあったろうかと、想像もつかないままに言ってみた。

彼は静かに目を瞑り、首を横に振って、全然違う、と言った。

暫く黙ってから、彼は、「その人たちはこの大聖堂の、つい東にある建物にいた」と応えた。

「人たち? 何ですかそれは…」と、判らなくなった私は、後の言葉が出なかった。

「精神病院があったのです」と、彼はぽつりと言った。

「それがどうしたのですか…」と言ったものの、私は、もう質問が続かなかった。

モデルは「そこの患者の、痴者、狂人たちだが、彼らは、少なくとも、心は汚れていない」と、エル・グレコが、そう言ったのだと彼は教えてくれた。

 

それ以来、その言葉は、様々な人物を見るときに私の心から離れなくなった。政治家、実業家、有名な芸術家、職場の上司や友人の顔を、私は、この言葉で「洗って」みた。自分の顔も鏡で見てみた。

自分や家族、地域社会、この国、そして世界の命運を左右し、決定しそうな人物、役人、代議士、大臣、首相、大統領などの顔を、私はこのグレコの尺度で見るのが習慣となった。

邪悪な意図を正義と摩り替えて強弁し、己の論理の矛盾を口先で乗り切ろうとする人物たちの顔は、もう一つの、別の絵、ローマ、バチカンのシスティナ礼拝堂の正面奥にある、ミケランジェロの大作「最後の審判」で、永遠の地獄へ突き落とされる途中の、絶望と後悔に満ちた男の顔に重なるのである。

 (平成十七年十二月二十八日記:051228