第16回講演会


開催: 2007年6月30日 15:00~18:00
講師: 山本 利昭


インドネシアの技術者3名を雇用する講師が、外国語習得の難しさを肌で感じた経験を基にした講義であるため、現実感があり非常に大きなインパクトがあった。
英語習得に苦労するのは日本ばかりではなく、英語を母国語としないフランス、ドイツなどでも同様であり、それぞれ英語習得のための苦労・工夫がなされている。
彼らは、「英語ありき」で英語に従うのではなく、逆に英語を母国語に近寄せて習得の容易化を図っている。

一方、我が国では「King’s English」とか「American English」とか言って、nativeの真似をしようと完璧性をねらうあまり、達成の道程は遠く結局はgive upする傾向にある。
ところが、英語を母国語にする国でさえいろいろで、オーストラリア、ニュージーランドのなまりには激しいものがある。 Todayのdayを「ダイ」、schoolを「スカール」と発音するのは朝飯前。日本人は英語を実用化できるように、発想の転換を図るべきではなかろうか。
青色ダイオードの発明で有名な中村教授は、日本の大学入試はウルトラCのクイズだと指摘する。英語についても、難問題を与えて重箱の隅を突かせることに終始し、決して実用的とは言えない問題ばかりだ。

アイコア社の3人のインドネシア技術者は、英文法、発音ともに我々日本人のそれよりかなりいい加減でお粗末と言わざるを得ない。
ところが、日常英語を話させると我々よりずっと意思疎通ができる。しかも、ネットで公開された米国製のフリーソフトを使ったソフト開発をやらせると、日本人技術者はできないのに、彼らはいとも容易にマスターしてしまう。お陰で同社は、英語表現のフリーソフトを活用したソフトウエア開発を得意とし、この種の市場開拓に乗り出している。

動詞の位置が正しくなくても単語が並べられれば、かなりの確率で英米人は理解してくれる。ところが、沈黙していれば、誰も理解してくれない。

日本は裕福な国であり、海外の文化は日本語に翻訳してくれるので、日本語で事足りる。実はこれが、英語を苦手にすることにも通じる。ノールウエーは小国で、英米で作成された映画をノルウエー語に翻訳する金が無い。映画館でもTVでも英語のまま映写されるので、映画を楽しみたければ英語、フランス語など外国語を勉強せざるを得ない。
また、就職するにも自国の企業が少なく外資系に勤める機会が多いので、英語が出来ないと就職もままならない。インドネシアでは、PCのOS Windowsはインドネシア語に翻訳されずに、英語版のWindowsがそのまま使われる。
したがって、PCを使うためには英語ができなければならない。翻訳の手間が不要のため米国と同時期のサービス開始が可能になる(我が国は日本語化のための開発費用と開発期間が余計に必要になるので、サービス時期は遅れる)。このように、英語ができないと生活に支障をきたす国々では、必然的に英語を習得するようになる。その点、恵まれ過ぎた我が国は、下手をすると英語が出来ない世界の孤児になりかねない。

我々は完全な英語しかも古語までマスターしようと、あまりにも高いハードルを目指しているのではないか。
目的を絞れば、もっと容易に英語ができるようになるはずである。

  • 日本人ジャーナリストのフィルターを通さずに海外の動向を直接知る:英字web(新聞、文献)を読む、
  • 技術文献・専門書を読む
  • 映画鑑賞
  • TVまたはnetの動画を見る
  • 自分の考えを発信する:ブログ、SNS,ホームページに英文で記述
  • 観光できる会話力を身につける
  • 古典を鑑賞する
  • 教養人と人生、哲学、文学を語る
  • その他


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