NPO法人マイスターネット 第14回講演会(2007.4.21)資料
パラドックスについて
占部浩一 (ヴェリタス基礎科学研究所所長、基礎科学マイスター)
e-mail: urabe@gakushikai.jp
世の中には、一般に受け入れられている、あるいは、真理とされていることに反する主張がある。例えば、「飛んでいる矢は止まっている」とか「最大の数は1である」というようなものである。こういうものはいろいろ考えられ、もっともらしい前提でもっともらしい推論が行われていて、論破しようとすると必ずしも容易ではない場合にパラドックスと言われる。
こういうパラドックスについて、何故すぐに解決法が指摘できないのかということを考えることにより、自分の思考の不十分なところが明らかになり、正しい議論を行う力がつく。その結果、日常生活でも誤った議論に振り回されることがなくなるという効果が期待できる。
また、パラドックスではないが話の進め方により自分が思わぬ不利益を蒙ることもあって、それを防ぐには修辞的な問題にも注意することが必要であり、それについても少し述べる。
実際に役立ちそうな方法をやや独断的に記すが、適宜、自分なりに修正されればよいと思う。
パラドックスの例
1.最大の数は1である。
最大数をMとすると、M≧M2。Mは1より小さくないからM2≧M。故にM2=M。両辺を0でないMで割って、M=1。
2.神は存在する。
神は完全である。完全なものはすべて存在する。故に神は存在する。
3.嘘つきのパラドックス(エピメニデスのパラドックス)
クレタ人の哲学者エピメニデスが「クレタ人は嘘つきだ」と言った。これを「エピメニデスがいま言っていることは嘘だ」と解釈したときに、この言明は真か偽か。[この問題のあまりの難しさに絶望して、フィレタスという論理学者は自殺したと伝えられる]
変形として、 この枠内に書いてあることは偽である
4.ゼノンのパラドックス
a.二分法
旅行者は目的地までの半分の距離の点を通過しなければならない。さらにその半分の点も。以下同様で無限の点があり、結局目的地に達することはできない。
b.アキレスと亀
亀はアキレス(ギリシャの英雄)の前方から歩み出す。アキレスは同時に走り出すがまず亀のいた場所に到達しなければならない。その時、亀は少し前方に進んでいる。アキレスはまたそこまで行かなければならず、その時亀はさらに先にいる。この過程は無限に繰り返され、アキレスは亀を追い越すことができない。
c.飛ぶ矢
飛ぶ矢は空間で矢の大きさに等しいはっきりした場所を占めている。すなわち静止している。矢は運動中ではない。
d.競技場
5.ガリレイのパラドックス (全体が部分と等しい)
1, 2, 3, 4,・・・・・ n,・・・は
2, 4, 6, 8,・・・・・2n,・・・と一対一に対応する
6.ラッセルのパラドックス
集合を二つの組に分け、第一の組に属する集合は自分自身を要素として含まないもの(例えば人間の集合)、第二の組に属するものは自分自身を要素として含むもの(例えば無色なものの集合)とする。第一の組に属する集合の全体A (第一の組そのもの) は第一の組に属するのか、第二の組に属するのか。
7バナッハ・タルスキーのパラドックス
大きさの異なる二つの球体KとLを考える。このとき、Kを適当に有限個に分割し、それらを同じ形のまま適当な方法で寄せ集めることによって、Lを作ることができる。
(応用として、一粒の小麦を5分割して寄せ集め東京ドーム位の大きさにするというようなことができれば、世界の食糧難はただちに解決するが、物質についてこれが成立するかどうか)
パラドックスの解明に必要な心構え (何を言っているのか、主張の根拠は何かをハッキリさせること、正しい推論ができるようにしておくこと、に尽きる)
その他、一般的に誤った議論に陥らないための注意を記載する。
・「存在する」という述語は他の述語 (・・・である) とは性格が違う。
・定義をはっきりさせる。
・文章の意味をはっきり (正確に) させる。
「『長い』は短い」は意味不明確。せめて「『長い』という言葉は字の個数が少ない」という位に表現させないと、パラドックスに巻き込まれる可能性がある。「明日、日食が起きるという事実がある」は、正しくは「明日、日食がおきるだろうという予測がある」
・言明の根拠を明らかにさせる。
「完全なものは存在する」というのは何故?
・論じられている状況を具体的に想像する。
1人の患者を2人で運ぶのは容易に想像できる。50人で運ぶのは?
・実現可能なことを論じているかを調べる。
無限の操作は完結しないが、あたかもそれが終ったかのように議論する場合がある。cf. 実無限と可能無限。[私は実無限の存在を認めない立場である]
・表現(定義も含む)が問題とする現実を正しく写しているか(モデル化しているか)をチェックする。
日常的に「今」と考えられているものと、数学的にt=t0で表現されるものとは違う。点のような時刻では動きは生じ得ない。運動は数式で記述できない。位置x1からx2まで移動するなどとことばで表現するより方法がない。
・信念、通念の根拠を反省する。
経験、実験の限界を知っておく。日常生活からだけの知識では、1個の粒子が2つのスリットを同時に通過するなどということは、理解できない。
・自分の体験を拡げる。他者の経験を参考にする。
既成の科学で説明できなくても起きることはある。遠隔治療、超常現象。
・宣言したことが実在するわけではない。文章と現実は別物である。
「自分は健康で美しく、頭脳明晰で権力・財力をにぎり、異性にもてて・・・」と述べるのは自由だが、現実がそうならなければならないという義理はない。神は実在すると宣言したからといって、それで実在が保証されるわけではない。
・真偽不明な文章 (はっきりした解釈のできない文章) は相手にせず、明確に書き直してもらう。
自分自身に言及しているような文章は、明確な意味をもつようにメタ言語で語ること。
・数 (離散的) と図形
(連続的) は異質である。
一般の議論で不利にならないための注意
一応心得ておいて損はないことを述べる (参考:「論より詭弁」香西秀信著、光文社新書)
1.事実は順序をつけて並んでいるわけではない。正しいことを述べていても、共存するものの表現の順序や例の挙げ方で相手に与える印象が変る。
a.・彼の論文は独創的だが、論証に難点がある。
・彼の論文は論証に難があるが、独創的だ。
b.・リース期間終了後に実際の査定額が残価を上回った場合には、その差額分をお客さまに還元します。例えば残価を30万円と設定したときリース終了時の査定額が40万円であれば、差額の10万円はお客さまにお支払いします (逆に28万円の査定の場合は、2万円をお客さまにご負担していただきます)
・リース期間終了後に実際の査定額が残価を下回った場合には、その差額分をお客さまにご負担していただきます。例えば残価を30万円と設定したときリース終了時の査定額が20万円であれば、差額の10万円はお客さまより頂戴いたします (逆に32万円の査定の場合は、2万円をお客さまにお支払いいたします)
2.事実の表現方法は一意的には定まらない。その自由度によってかなり印象が変り得る。
・この少年は頑固で柔軟性に欠け、融通がきかない。自分の思い通りにしていたいとの気持ちが強く、他人から干渉されることを嫌う。目下の者にたいしては、ボス的で強圧的な態度に出るが、目上の者に対しては卑屈に振る舞う。
・この少年は意志が強く、一途な性格で、曲がったことが嫌い、自立心旺盛で、自分のポリシーをもっており、周囲の意見に流されない。年下の者に対しては、親分肌なところを見せるが、年長者に対しては礼儀を守り、謙虚である。
3.言葉は説得的なものであり、一見したところ意見を述べず事実を述べているようであっても、述べること、述べないこと、語法の選択等により、自分の意見を表明していることがある。
a.・冷蔵庫にビールがあった。
・冷蔵庫にビールがなかった。(なぜビールに着目するのか)
b.・Kは30歳だが、大学教授だ。
・Kは30歳で、大学教授だ。
4.問いに含まれる危険性。名付けの問題。
・あなたは憲法の改正に賛成ですか
・あなたは平和憲法の改悪に賛成ですか
5.論点のすり替え
・「銜え煙草で道を歩いてはいけません」「てめえだって、煙草を銜えて歩いてるじゃないか」
発話内容の是非と発話行為の適・不適の混同であるが、どちらを重視するかの問題でもある。
6.同じ内容でも誰が語ったかに依存して賛否の度合いが変る
死刑廃止を主張するテープを聞かせるとき、その語り手の紹介の仕方を変えると、聞き手はその情報を取り込んで自分で物語をつくって聞く。
・元最高裁判事。日本法曹界の良心と呼ばれ、自身が幾度も死刑判決を出した経験から死刑廃止論者に転じた。
・複数の快楽殺人で死刑を求刑されている殺人犯。改悛の情を微塵も見せず、法廷では、遺族に対し、侮辱的な発言を繰り返した。
7.循環論法
判断の根拠の妥当性を論証するのにその判断を使う。
・幽霊を見たという、昔の人の話は信用できない。なぜなら、昔の人は迷信深かったから。
・昔の人は迷信深かった。なぜなら、昔の人は幽霊を見たなどと言ったりするから。
8.複問の虚偽 (不当予断の問い)
はい、いいえの答えを要求する問いに答えると、余分な問いにも答えたことになるような問い。
・「君はもう奥さんを殴ってはいないのか」。どう答えても、かつて、あるいは現在妻を殴っていた(いる) ということを認めたことになる。
こういう質問に対しては直ちに答えてはならない。なぜ奥さんを殴るというようなことを言うのか、相手に説明させるべきである。相手に立証責任のあるときに、こちらがそれを引き受けてはならない。自分は妻を殴ったことはないなどと釈明すると、その証明を求められたりして、本来不要な筈の説明を行わなければならなくなる。さらにその過程で揚げ足をとられたりして、次第に窮地に追いつめられてゆく可能性もある。
類例。「あなたは、占部氏のつまらない話を居眠りもしないで聞いてたんですか」という質問には、どう答えても、つまらない話であったということを認めたと解釈される可能性がある。つまらないという前提の根拠をまず問うべきである。